ぐんまちゃん初代⇒ゆうまちゃんはいつから?ぬいぐるみ画像・デザイナー・由来・活躍

ぐんまちゃん
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ゆうまちゃんはいつから・ぬいぐるみ画像・由来

こちらに記載したとおり、初代ぐんまちゃんは4本足の走る馬をモチーフにしたキャラクターでした。1983年に開催されたあかぎ国体のために馬場のぼる氏によって制作された初代ぐんまちゃんは、ここでご紹介する「ゆうまちゃん」が「二代目ぐんまちゃん」を襲名したときにお役目を交代することとなりました。

それでは「ゆうまちゃん」はどんなキャラクターで、どのような由来でできたマスコットでしょうか?これがゆうまちゃんのぬいぐるみ画像です。

あれ?「ゆうまちゃん」は「ぐんまちゃん」じゃないの?どう違うの?と思った方もいらっしゃると思います。そのとおりで、ゆうまちゃんのキャラクター=現在のぐんまちゃんのキャラクターです。なぜ「ゆうまちゃん」が現在の「二代目ぐんまちゃん」になったのかについては、また別のところで投稿したいと思います。今回は「ゆうまちゃん」についてひも解いてみようと思います。

ゆうまちゃんの由来・ゆうあいピック

ゆうまちゃんが作られるきっかけとなったのは、1994年(平成6年)に群馬県で「ゆうあいピック」を開催することとなったからです。そもそも「ゆうあいピック」とは何でしょうか?

ゆうあいピックとは、全国知的障害者スポーツ大会の愛称です。ゆうあいピックの「ゆうあい」というのは、「友愛」と「you と I」という2つの意味があると言われています。ゆうあいピックは、1992年に東京で開催されたのが初めで、1993年は熊本県、1994年は群馬県、1995年は兵庫県、1996年は北海道、1997年は愛知県、1998年は茨城県、1999年は島根県、2000年は岐阜県で開催されました。その後、全国身体障害者スポーツ大会と統合され、全国障害者スポーツ大会となりました。現在も全国障害者スポーツ大会のシンボルマークが下記です。(ここで書くことではありませんが…「障害者」という漢字、いい加減にやめて欲しい…私個人的には「障がい者」に変えて欲しいと思っています。)2019年の茨城県での大会は台風により中止、2020年の鹿児島県での大会は新型コロナウイルス感染症により延期になっていますので、どうか早く無事に開催できる状況になりますようにと祈っています。

さて、上述したとおり、群馬県は比較的早い時期にゆうあいピックを開催することとなったわけです。1994年に群馬県で開催したゆうあいピックのスローガンは「いま 君がすばらしい」でした。この際、すでにぐんまちゃん初代のキャラクターが存在していた群馬県。しかし、(おそらく著作権の関係で2パターンしか使用できないということが理由だったと思われますが)新たなマスコットキャラクターを公募しました。

その時の公募要領が見つからなかったので、どんな条件で公募されていたのかはわかりませんが、30点ほどの応募の中からこのポニーをモチーフにしたキャラクターが決まりました。この段階では、「ゆうまちゃん」はまだ名無しのポニーのキャラクターでした。

その後、ゆうあいピック群馬大会の”マスコット”愛称募集が行われました。1994年2月22日に初めてこのマスコットが決まったことが新聞掲載されるとともに、愛称募集が行われました。募集期間は1994年3月23日までで、群馬県内の在住、在勤、在学者に応募資格がありました。

上毛新聞1994年4月26日朝刊17ページによると、このマスコット愛称募集に応募した群馬県民は2607人。応募された愛称の点数は3445点にも及んだそうです。この中の何と92人が「ゆうまちゃん」と名付けていたようで、これが最多だったようです。このほかにも、「ゆうまくん」「友馬ちゃん」といった類似の愛称を付けた人が277人もいました。そんな群馬県民の熱い想いでこのキャラクターは「ゆうまちゃん」と名付けられました。「ゆうあいピック」の「ゆう」+「ぐんま」の「ま」を合わせた名前と言われています。

この「ゆうまちゃん」が最初に活躍したゆうあいピック群馬大会。ソフトボール、卓球、陸上競技、フットベースボール、サッカー、バレーボール、バスケットボール、フライングディスク、水泳、ボウリングという10種目の競技が行われました。そして各競技のゆうまちゃんデザインが誕生しました。そのうちのソフトボールのマスコットをあしらった腕時計がこの画像のものです。「yuumachan」と印刷されている今となっては貴重な一品といえます。

ゆうまちゃんのデザイナー・経緯・ゆうまちゃんの受賞歴

寝っ転がるとこんな感じの「ゆうまちゃん」。このゆうまちゃんのデザイナーは何と群馬県職員の中嶋史子さんでした。中嶋さんは群馬県庁に勤務する前はデザイン事務所で勤務しており、イラスト制作の経験もあったそうです。中嶋さんが群馬県庁に転職して4年目の頃、広報課に勤務していた中嶋さんはこのマスコットキャラクターの公募を発見!そしてMacパソコンを手に入れてキャラクター作りに挑戦されたそうです。

何といっても、群馬県には1983年のあかぎ国体の時に馬場のぼる氏が制作された「ぐんまちゃん初代」がいる。だから、このぐんまちゃんのサブキャラクターになるように、そしてすべてのボーダーをなくすように、さらに色んなスポーツができるようになど意識されて制作されたそうです。

そして、馬場のぼるさんの時に問題となった著作権の移譲については、中嶋さんは群馬県に対して「デザインの変更」を含めたため、男の子バージョンあり、女の子バージョンあり、その他いろんな服を着たり格好をしたりと種類に富んでいます。

すべてのボーダーをなくす。性別も国籍も年齢も障がいも…。ちょっと前に、多様性(ダイバーシティ)という用語が結構使われていましたが、それよりずっとずっと前のお話。ダイバーシティという言葉があったとしても、今のような意味ではきっと使われていなかっただろう。そんな時にすべてのボーダーをなくす意図で制作されたということに感銘を受けました。

そして、表情もどんなイメージもできるものだから、このキャラクターを見ていると、自分の気持ちが投影される気がします。自分が悲しいときは一緒に泣いてくれているような、自分が嬉しい時は一緒に喜んでくれているような、自分が寂しいときは一緒にそばにいて励ましてくれたりお話を聞いてくれたりするような、かわいいだけでなく、どことなく優しい、ホッコリするキャラクターなんですよね。

こうして1994年に「ゆうまちゃん」が誕生しましたが、後述するとおり、2008年に「二代目ぐんまちゃん」へ名前が変わることになります。二代目ぐんまちゃんになってからのことはまた別に投稿しますが、ゆうまちゃん時代に受賞歴はあるのでしょうか?

2004年12月24日から2005年1月31日にかけて毎日新聞社が主催となり、毎日新聞社のホームページにてPR用キャラクターに関する「全国対抗キャラクターコンテスト」を開催しました。この全国対抗キャラクターコンテストに参加したのは12県でした。全国対抗キャラクターコンテストは2次選抜まであったようですが、「ゆうまちゃん」は1次選抜のときからずば抜けて人気があったようで、2次選抜でも5123票中2716票と、過半数の53%も得票を獲得する人気ぶりだったようです。

ちなみに、上位5つのキャラクターと得票数は以下のとおりでした。
1位 群馬県 ゆうまちゃん 2716票
2位 鳥取県 トリピー   478票
3位 秋田県 スギッチ   406票
4位 山形県 ペロリン   319票
5位 徳島県 すだちくん  245票
※その他無効票959票あり。

リンク先は現在の各キャラクターのサイトになっています。
なお、スギッチは原著作権者との覚書の期限である2017年11月29日にて退職されました。

ゆうまちゃんの活躍

ゆうまちゃんは、1994年のゆうあいピック群馬大会のマスコットキャラクターとして登場しましたが、愛くるしさと柔軟な変身ぶりで人気を博し、1996年に群馬県で開催された第9回全国スポーツ・レクリエーション祭(第9回スポレクぐんま’96)や、2004年に群馬県で開催された第17回全国健康福祉祭(ねんりんぴっく)でもマスコットキャラクターを務めました。

このほか、ゆうまちゃんは群馬県から群馬県民へのお知らせに広く使われました。群馬県の広報紙の表紙を飾るのはもちろんのこと、群馬県の決算のことを「ゆうまちゃんの家計簿」と表現して公表したり、家庭版のISO普及事業を「ゆうまちゃんの県民エコDo!」と命名したり、「ゆうまちゃんのこども環境白書」となったり、県の子育て支援に関するポータルサイトのトップページを飾るなど、県と県民との距離を近づける大きな役割を果たしたのです。こうして「ゆうまちゃん」は多くの群馬県民に愛されるキャラクターへと成長し、2008年「二代目ぐんまちゃん」と改名した後も多くの人に愛され続けているのです。

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